【目的・目標を持たない】明確なゴールを持たない勉強が向いている気がする。

私は、2025年11月中旬頃からうつ病により休職している。

そんな私だが、「何か業務につながることをやらねば」と思い、経理部にいることから過去に取得した簿記3,2級を完璧に仕上げ再受験しようと志した。そして、いづれは簿記1級を取得しようと考えていた。

だが、ある時学習するのがメチャクチャ億劫に感じた。

面倒くさい、だるい、しかも時間が過ぎるのがメチャクチャ遅く感じるし、集中もできない。

うつ病により脳の機能が一部機能していない、ということかもしれない。だが、今振り返れば、休職前から「簿記」というのに対して「簿記を学ぼう」という意識が低かった。

転職のために、簿記2級は取得したが、簿記1級を勉強していたころに「簿記2級までの知識が”全く”身についてない」と感じていた。

最近になり、休職前後の自分を振り返り、勉強したいと思う対象はいくつかあるが、あくまで「どんな世界なのかを知りたい」という程度の興味になることがわかった。

その状況で、何か成果を得よう、そのために生活を改善しよう、ということなんか考えられない。

ただ、自分の興味に赴くままに取り組んでみる、「勉強することに目的・目標は必要なのか」「”ゴールを持たない勉強”をやったらどうなるのか」、とふと思った。

ということで今回は、今後の勉強への取り組み方について整理していく。

 

 

”勉強をしたい”と思う理由

体調が万全ではない、目標がない、それでも勉強したいと思うのはなぜなのか?

・知らない世界の中を知ることで、見える世界を広げたい
・生きていれば勉強することは続くものだという考えがある
・興味があるなら牛歩でも学ぶことが将来の自分のためになる気がする(無駄な経験はない)
・自分の居場所を作りたい
・根拠はないが仕事を通じて色々な人と関わり、色々な仕事をやらせていただく中で、なんとなく「自己成長するのが必要」だと感じる

今の時代、AIが発達して職業によっては仕事が無くなるかもしれない。

また、物価高によって月々の収入が目減りしている。

だから勉強する。

 

こういったことでも良いと思う。

しかし、私は勉強する上でどれも動機としてピンとこない。

AIが発達して自分の仕事が無くなったなら、他の仕事をやれば良い。
(未経験転職でも受け入れ先があるだろうから問題なし。)

月々の収入が減ったとしても、それに合わせた生活をすれば良い。
(別に旅行したい、恋愛したいなどといった欲求が無いので。)

 

私の場合、内から込み上げてくる動機、が意外と大事なのかもしれない。

なので、目的・目標が無くても、興味が湧いたことなら「ゴールの無い勉強」で良いのではないかと思った。

 

“目標を立てよ”と言うのは「目標がある前提の人」向け

私は、「勉強する=目標を立てるもの」だと考えていた。

しかし、よ~~~~く考えてみると、多くの本やYouTube、専門家が「目標を明確にしよう」「目的を持て」「期限を設定せよ」と言うのは、「税理士になりたい」「簿記1級を取得して会計士の上司と言い合いたい」「収入を上げたい」といったある「すでにある程度元気で、やりたいことが見えており、行動力もある人」「達成するためにはどうしたらいいのか」「誰かの力を借りたい」と思っている人向けの【発信】だと思う。

また、同じような【発信】として、「ひとつのことを最後までやり切れ」「資格を取って成果を出せ」「継続こそ正義」もよく見かける。

 

しかし、これらは、ニーズに合った発信をしているだけであり、自分自身がここに触れてしまっているからこそ、「目標を持つことが大事だ」などと思ってしまっていると思う。

ここに自分自身が合わない(自分のニーズが無い)なら、気にしなくても良いはず。

人生のあらゆる場面で必ず目標を持つべきとは誰も言っていないような気がするのだ。

 

 

どうしても比較してしまう:簿記1級を勉強していたころの自分

私は、一時期、会計系の社会人コミュニティへ所属していた。

その時は、簿記2級の取得と未経験での経理転職を目標に入会した。

そして、どちらも成し遂げ、コミュニティの仕組みやそこにいる人たちが自分にとってプラスになると思い、他に何か勉強しようと考えた。

そこで、実務をやる中で、そしてコミュニティにいる中で簿記1級の取得が必要だと感じたので、簿記1級を勉強することにした。

丁度1年前に始めた簿記1級の学習。今振り返っても、「あの時のように今は頑張れない」と思うくらい頑張っていたと思う。

・毎朝4時ごろから学習開始
・業務後は最低1時間の学習
・休日は8時間前後学習
・その他コミュニティの活動にもその都度参加(確認テストや勉強会など)

 

確認テストは、1週間取り組んだ範囲の問題を解くので、本来なら満点を取れるはずなのだが、それができず。

毎週、知識を得るためにPDCAを回したかったが、何を直せばいいのかわからず。

結局は、簿記1級の学習において学びを定着させられていなかった。

その原因を振り返ると、そもそも本当の意味で「簿記1級を取得したい」と言えるほど簿記1級に思いが持てていなかった、というのが関係していると思う。

 

「コミュニティでの立ち位置や居場所」にひもづいて目標が存在していたのかもしれない。

実際に、コミュニティの良さを感じてそのコミュニティにいたい、という思い以外にも「ここにいるなら頑張る自分でいなければいけない」「自分の居場所を確保しなければいけない」「主催者から怒られないようにしないと」と考えたり、意識したりしながら取り組んでいた。

「自分のため」ではなく「環境のため」

簿記1級を勉強していた理由は

・コミュニティにいたい
・主催者に怒られないように
・居場所を失いたくない
・周りの期待に応えなきゃ
・自分だけ何もしないのは怖い

この“環境の圧力”によって動かされていた。

いわゆる、

自分の意志=小さい
外部の要因=大きい

という形だった。

今振り返ると、 これでは本質的なモチベーションは生まれないと思う。

だから当時、

・勉強がしんどい
・でも辞めるのも怖い
・でも気持ちは乗らない
・でも続けなきゃいけない

こういう“しんどい心理状態”の中にいた。

努力の向き先が「本当に自分がしたいこと」ではなかった。

だから、苦しくなりやすかった。

「目標」が必要になるのは“やりたいことが固まった時”

多くの人は、目標を定めるまでにこんな道のりをたどるのではないか?

1.興味を持つ
2.少し触ってみる
3.「あ、これもっと深めたい」と思う
4.初めて“目標”が必要になる(資格を取る等)

そして、今の私は1〜2の段階にいるだけな気がする。

段階が違うだけなのに「目標を立てなきゃ」と思うと苦しくなる。

「目移りしてしまう」=何も身につかないのでは?

今の私は、興味があるものを勉強するのが向いていると思うが、「目移りしてしまう」=「何も身につかない」と考えてしまう。

ただ、今できることって、最初はいろんなことを試す、深めすぎず、広く触れる、ということだったりする。

その過程で「自然と続いたもの」が現れ、そこから専門性が育つと思う。

そして、ある程度まで学んでは次を学ぶ、それぞれの経験が後でつながる、結果的に「組み合わせの専門性」になるような気がする。

例)
簿記(会計) × IT → 管理会計、IT監査、ERP、人事労務系ITなど
簿記 × FP → 税務・財務リテラシー
簿記 × うつ病経験 → メンタルヘルス×お金の相談(実務で重宝)

本当の悩みの種は、「目移り」ではなく「目標の重さ」?

実は、自分自身が悩んでいるのは、目標が重すぎると続かない/でも軽すぎると罪悪感という“重さの調整”の問題の可能性がある。

今の自分に合っているのは、こんな感じ。

・期限なし
・数値なし
・やれたらラッキー
・興味があれば続く
・飽きたら休止してOK

もし復職したら・・・?

5カ月くらい気が早いが、復職後のことも考えてみた。

以下に挙げた5つのうち、どれかで取り組めたら、精神的に楽だし、長く続き、いづれは勉強の核となる分野が見つかるはず。

①目標ではなく「研究テーマ」にする

「気になるものを試す」「合いそうなら続ける」という探求型。

例:
・ITの動画を10分見てみる
・FPのテキストを少し読む
・簿記2級をやり直してみる
・他の分野も手を出してみる

②目標ではなく「仮目標(プロトタイプ目標)」にする

目標というより“実験”と捉えてみる。

「1ヶ月やってみて、合わなければ変える」

これなら罪悪感は出ないのではないか?

③目標ではなく「生活のリズム」に勉強を置くだけ

朝コーヒー飲みながら10分何か読む。

寝る前に軽く動画を見る。

気分が向いた日だけやる。

目的は不要。

④一年の中で「期間限定の集中」を入れる

興味が強い瞬間だけ1〜2週間集中する。

また消えたら別の分野へ行く。

今は「探索型」がベスト?

私なりに調べてみると、今は探りながら色々と触れてみる、という「探索型」が向いている気がする。

「自分の興味が磨かれていく過程」であれば、結果として、

・たまたま長く続く分野
・いつ見ても面白い分野
・他とつながって深まる分野

が自然に浮かび上がりはず。

例えば、あなたが簿記2級・3級をやろうとしたけど続かなかった。
FPも気になる。
ITも気になる。

これは 「どれも違った」ではなく「どれもまだ確信に至っていない」 だけ。

・簿記をやってみる
・FPをやってみる
・ITのオンライン講座を見てみる
・1日ごとに興味が変わってもOK
・たまたま続くものを続ければいい

⇒これが負荷が少なく、「勉強そのもの」を継続できる。

無理に“目標”を作って追い込むと逆にうまくいかないタイプ

ブログのコミュニティ、会計系の社会人コミュニティでの活動を振り返ると、無理に”目標”を作ってしまうと、自分自身を追い込んでしまい上手くいかないと思う。

・「やらなきゃ」と思うと気持ちが離れる
・義務になると急に辛くなる
・本当に必要なときには集中できる
・でも平常時の強制は逆効果

これは、性格特性でいうところの

・探索性が高い
・強制に弱い
・興味駆動型

の人の典型のようだ。

触ってみて、少し知ってみて、続いたら続く。
続かなかったら、それはそれでOK。
その過程があなたにとっての成果。

今は “つながり” を求めなくて問題なし。
むしろ求めると苦しくなる。

また、回復期・探索期に“目的思考”は負荷が重い。

うつ病の回復期〜安定期は、

・結果主義
・目標主義
・成果を出さなきゃ思考

これらがとても負担になる。

今の私は、興味を取り戻すフェーズにいるため、この時期に目的や成果を求めると、復調の妨げになりやすいようだ。

取り組むときに心掛けること3選

今までの自分自身を振り返り、課題などを踏まえ今後、取り組むときに心掛けたいことをまとめてみたいと思う。

 

a)知識はつかなくてもOK

脳は興味のあるものだけを自然に記憶するようで、まだ興味の強弱が分かっていない段階で覚えようとすると、「苦しくなる」「勉強が義務化する」「興味が薄れる」という悪循環にもつなが恐れがあるかと。

・覚えなくていい
・定着しなくていい
・忘れてもいい
・途中で飽きてもいい
・触るだけで十分。

知識を「積み上げよう」としないことが、逆に気持ちを軽くすると思うのだ。

 

b)浅く広く、分野を知る程度

軽い気持ちで色々な分野に触れていく。

・FPなら「家計管理ってこういう考え方なんだ」
・Notionなら「こんな使い方できるんだ」
・RPAなら「こうやって自動化できるんだ」
・簿記なら「3級ってこんな世界なんだ」
・ITの資格なら「この章、ちょっと面白いかも」

そのことで、自分なりの感触をつかめるはず。

・分野の雰囲気
・専門用語が何となくわかる
・どんな内容が中心か
・難しさのレベル
・面白いと感じる部分はどこか
・自分との相性

こういった感触が今後の方向性を決める上での軸となるのではないか。

c)期限を決めない

期限を決めないと、「中途半端になる」「身につかない」「自分を甘やかしている」などと思ってしまう。

期限が必要なのは、外部評価が絡むとき(試験、仕事など)だけ。

今の私は、「自分の内側を探る」フェーズにいる。

この段階では、
“ふれる → 試す → やめる → もう一度違うものを試す”
がベストなやり方なはずだ。

【これらを実践するメリット】

① 「義務感」を排除できる
⇒これは今の私が一番苦手で、一番避けた方がいい要素。

② 各分野の“地図”がなんとなく頭にできる
⇒完全に理解しなくても、ああ、こういう領域ね」という感覚が残るだけで十分。

③ 興味が自然に育つ
広く触っているうちに、“あれ? ここちょっと面白いかも” と感じる分野が出てくるはず。

④ 誰にも迷惑をかけない
途中で辞めてもOK。切り替えてもOK。

⑤ 心の回復とエネルギーの回復に合っている
最初から深くやろうとすると負荷が大きいけれど、浅く広くだと心が疲れない。

学習環境も同じ:必要な時に必要な場所へ

私は、会計系の社会人コミュニティにいた頃に、自宅近くにあったコワーキングスペースを契約した。

この時期は、簿記1級を本気で追いかけていた時期であり、

・目標が明確
・モチベーションが高い
・1つのことに集中していた
・勉強=本気の場、という発想

という状態だった。

人は、状況・体調・興味・エネルギーによって合う環境が変わるはず。

今の私は、

・探索フェーズ
・目移りもOKのゆるい学習
・試してみる段階
・重い義務は避けたい
・気持ちが軽い方が取り組みやすい

という時期にいると仮定する。

このフェーズには、がっつり学習モードのコワーキングより、ふらっと行けるカフェ寄りの環境が合うはずだ。

気分で場所を変えてOK

“学習内容は気分で変えていい” という方向性にしたが、 「勉強場所」も同じルールで良い気がするのだ。

・重い気分 → 家で軽く動画
・少し集中したい → カフェで1〜2時間
・気持ちが乗る日 → コワーキングスペース
・散歩したい → ベンチでスマホ学習

最後に:「自分の興味に正直でいる」こと

実際に何を取り組むかを考えたときに、どうしても簿記1級の頃みたいな “やり遂げなきゃ” が出てくる。

最近、簿記を学びなおしたときに出てきた。

また、やりたいことに対して、「やらないといけない」「勉強しないといけない」という義務感になってしまうこともある。

・簿記1級の頃の名残
・“何か生産的なことしなきゃ” という社会的プレッシャー
・過去の自分が「頑張っていた時期」と比較してしまう癖
・休職による “何かしなきゃ” という焦り

これらが絡み合って生まれているかもしれない。

ということは、今の私にとって「学び」はまだ“自由な遊び”ではなく、“やらなきゃ” になっている。

長年、自分の中に宿した“真面目さ・責任感” が、何か新しいことを始めようとすると自然に働いてしまうのかもしれない。

つまり、

「ほら、また中途半端になるんじゃないか?」
「やるならちゃんとやらなきゃいけないよね?」

といった“内なる声”が自動で動く。

これは、長い間、自分を支えてきたものであり、強く染みついているので、急に消えることはないだろう。

それでも、気づいているだけで十分な気がする。気が付くことができれば、いずれはコントロールできると思うのだ。

そして、「学び=成果」を完全に手放し、下記のことを心掛けて“義務感” が消えるまでは、あえて「目的なし」で触れる期間をつくる。

・無理に目標を作らない
・思いついた勉強をやってみる
・興味のあるものを1日単位で変えていい
・続いたら続ける
・続かなければ終わりでOK(また戻ってきてもOK)
・軽い気持ちでやる
・何かを身につけようとしなくていい
・資格につながらなくていい
・転職につながらなくていい
・最後までやらなくていい
・毎日やらなくていい
・飽きてもOK
・やめてもOK
・別のことに目移りしてもOK

これが私のようなタイプができる【明確なゴールを持たない勉強】なのではないか?

ps

ちなみに、今回、この記事に書いた内容は、実際に私が疑問に思ったことをchat GPTへ投げかけた結果も含まれている。

相談結果を読み返すと、今の自分に必要なこと、考えていたこと、などが言語化されていたので、非常に驚きだ。

はたして、ここに書いたことを実践し、今後自分がどのように変化していくのかが楽しみである。

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