今回は、最近の診察内容をもとに記事を書いていこうと思う。
今のステップ
先生からは、今私が進むべき3ステップのうち2ステップ目にいるというお話があった。
①睡眠時間の確保
②運動療法(⇒いまココ)
③座位にて集中できるか否か
②は運動療法になるが、この中には規則正しく寝れる状態を作るようだ。
私は、ここ1週間くらい、夜中に目が覚めぬよう敢えて23時~0時頃に就寝していた。
よくよく考えてみると、睡眠中により眠りを深められるようにする薬が処方されているので、わざわざこんなことはしなくてもよかった。
まぁそんなことは脇に置いておいて、今は復職に向けた生活リズムを整えるべく21時や22時といった規則正しい生活を行うフェーズに。
そのためには、日中に運動する必要が出てくる。運動してエネルギーを消費する。
私は、スポーツジムへ行ってランニングしたり、筋トレしたりしている。
また、最近では占いの先生からおススメされた東京や千葉の神社へ行ってみた。
私は、先生に対して「占いの先生のおススメで行った」とは言わず、「東京と千葉の神社へ行ってみた」と言ったら、「良い趣味をされていますね」とのこと…。神社参拝は趣味ではなく、神様へお願いするために行っていることになる。
なので、休職期間中に神社参拝を趣味としてはやらないかもしれない。
とはいえ、主治医とのお話で気づきを得ることもできた。
行動を掛け合わせてみる
私が神社参拝を趣味にしていたと仮定する。
今の私は、運動療法を行う必要がある。
運動療法×神社参拝、としたときに、わざわざ電車を使って東京や千葉の神社へ行かなくても、自宅周辺の神社へ歩いていくことで運動できるし、自分の気持ちを満たすことだって可能だ。
それに神社参拝が趣味であるなら、
・なぜその神社がその土地に建てられているのか
・どんな神様がいるのか
といったことを考え、そして調べる機会にもなる。これはこれで楽しみになるのではないか。
これのように好きなこと、やりたいことをやる、それが今私に必要とされている『リハビリ』になるらしい。
そこで私は疑問に思ったことがある。
好きなこと、やりたいこと、とはどんな感覚なのか。
自分の行動する軸は受動的だった
私は、休職して3週間が経とうとしているが、好き、やりたい、を軸に行動できた記憶がない。
これは、休職前も同じだ。
好き、やりたい、というよりは、
・やったほうがいい
・必要そうだから/必要かもしれない
・何かやらないと気が済まない
・面倒くさいけどやるしかないか
・とりあえずやろう
といった受け身で動いているように思う。
ブログ更新は、2025年11月30日現在、休職後、ほぼ毎日のようにやっている。
なぜそんなにできているのかというと、分からない。
ただただ頭に思い浮かんだことを文章にしたほうが良いかも、吐き出さないと脳内がグルグルして気持ち悪いし、気持ちが落ち着かない、といった理由で書き続けている。
また、私の考えの中に、1回取り組んだことは、「今後も続けないといけない」という思い込みが刷り込まれているので、続けないと罪悪感が出たり、「何であのときやらなかったんだ」と自責の念に駆られたりする。
だから続けているだけ。
スポーツジムでの運動は、体を動かさないことによる体がなまった感覚が嫌だから動いている。
決して、楽しい、やりたい、好き、だと思ったことがない”かも”しれない。
他にもAbemaTVでアニメやバラエティを視聴しているが、興味があるのを選んでいるものの、何もしていないと時間が過ぎるのが遅いため、気がまぎれるような時間の使い方をしたく視聴している。
果たして、私にとっての「好きなことをやる」「やりたいことをやる」とはどんな感覚なのか。
最後に:アルコールは眠りに悪影響を及ぼす可能性あり
先週、気持ちの落ち具合が嫌で、苦しくて無理にでも気持ちを上げたいと思った。
そこで、ハイボールを飲もうと500mlの缶を2本手に取った。しかも日中に(笑)
主治医にこのことを話したところ、眠りに悪影響を及ぼすからやめたほうが良いとのこと。
また、薬局にて薬剤師の方にも相談したところ、薬を飲んでいるため、アルコールの量によっては吐き気など体調が悪くなるから控えたほうが良い、もし万が一飲んでしまった場合でも薬は服用するように、とのことだった。
気持ちが落ちていても、アルコールの力は、借りないほうがよさそうだ…。

