今回は、私が中学時代にお世話になったクラブチームの指導者に向けたお話をしていこうと思う。
自己分析をしたり、家族から見た私の姿を聞いたりすると、クラブチームの経験が軸になっていると感じる。
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卒団したクラブチームへ入団した理由
それは、厳しい指導者がいることに魅力を感じたからだ。
指導者は、選手が気を抜いたプレーをしたり、昼食の弁当の重さが1kg以下だったりしたときにケツバットしていた。
しかも、練習中や試合中にビンタだってあった。
事前情報としてそういったことを聞いていた私は、「そんな厳しい環境に身を置けば野球が上手くなる」とは思わず…、「厳しい環境に身を置く自分=かっこいい」と感じたからだ。
(こんなことは親には言えないので内緒ということで…)
厳しい環境で生き延びれたら、それだけ野球がうまくなったり、メンタルが強くなったりしていると思うので、恐らくそういったことをイメージし、「厳しい環境に身を置く自分=かっこいい」と思ったんだと思う。
指導者が言うことに正しさを感じる
厳しさがあるが故に、指導者の一言一句に説得力を感じる日々が続いた。
・練習中は声を出せ!
・ランニングするにしても手を抜くな!
・気持ちを強くもて!
・トレーニングは自分を追い込め!妥協するな!
などなど文脈は色々とあるけど、こういった類のことを日常的に話していた。
また、練習中などでケツバットやビンタだってあるため、精神的にも痛さや怖さを感じる日々だった。
ひたすら声を出した。ひたすら追い込んだ。ひたすら言われたことをやった。
そんな痛さや怖さを感じる日々であっても、それが良い具合にチーム全体に緊張感を生み出していたと思う。
私自身、毎日のように声を出した。声を出しすぎて、声は枯れるし、過呼吸になったことも。
トレーニングの時は、ベンチプレスが上がらなかったり、走るメニューでは立てなくなったりと自分自身を追い込み続けた。
(酸欠になったこともあった。)
そして、例えば守備練習で自分やほかの選手が指摘受けたことは同じことを繰り返さぬよう「○○というやり方をやった方が良い」と言われたことは、意識しまくり実行した。
その甲斐もあって3年間で1回しかケツバットを食らったことが無い。
(この1回は夏合宿の際に、「気合が足りない!」と言われ食らったと記憶している(笑))
しかも、そういった取り組み方を評価していただき、2年生の夏頃(新チーム始動時)には指導者直々にキャプテンに指名していただけた。
周りの目を意識する自分
そんな私だが、
・「ミスしないように」慎重になり過ぎて、判断が遅れる
・「怒られないように」心身ともに自分に対して厳しくする
・例えば守備練習でボールが取れなかったら、どんな表情をしているのか、と「顔色を伺う」
といったように基本的には、「怒られないように」を前提に取り組んでしてしまっていた。
また、チームメイトに対しても、例えば冬季練習のトレーニングの時に指導者から「50回を挙げられる重さでベンチプレスをやれよ!」とチーム全員に発信があったときに、本来なら5kgのプレートを付けるべきなのに、「妥協している」と見られぬよう7.5kgのプレートを付け、20回くらいで挙げられなくなったこともある。
当時の指導者への提言
「厳しさ」というのは、その指導者の信念から生まれることだと思う。
また、その「厳しさ」を経験できたことは、私の人生にとって大きな財産になるに違いない。
それでも、色々と思うところがある。
・厳しさは必要だけど、厳しくするだけでなくオンオフが欲しかった。
・厳しさの中にある野球の面白さ、楽しさを教えて欲しかった。
⇒指導者自身は、高校・大学と野球をやっていたことで、教え方や教える内容はとてもよかったと思っている。
だからこそ、厳しさだけでなく、野球の面白さ・楽しさも教えてほしかった。
・トレーニングするにしても、そのトレーニングが野球の何につながるのかを意識づけして欲しかった。
⇒力をつければ良い、といったやり方だったと感じており、野球の何に繋がるかまで教えていただけたら取り組み方が変わったと思う。
(自分の頭で考えて見つければ良い話だと思うが…)
当時は、チーム全体、そして私自身も萎縮して野球をやっていた。
厳しさ以外にも教わったり、感じ取ることができたら野球に対して好奇心や向上心を持って取り組めた気がしている。
最後に:誰と戦うのか。
当時は、特に指導者と戦ってしまっていた。
指導者から怒られないようにしなければ、だから声を出すし、自分が持つ力を目一杯発揮していた。
これでは、体がガチガチに固まって動けないし、野球そのものも楽しめない。
当時の私に対して言うのであれば、
戦う相手は自分と試合の相手チーム、だからこそ指導者の目を気にしても仕方ない。
ミスしたなら、「なぜミスしたのか。次はどうするのか」を考えればそれでOK。
ミスしたということは、自分に対して新たなデータを手に入れた。それだけの話。
ということだろうか。
それに、追い込むにしても、『自分にあった』重さ、負荷での追い込みがベスト、とも言いたい。

