政治に興味を持つと何が変わる?選挙をきっかけに感じたこと

2026年2月8日(土)に衆議院議員選挙の投開票が行われ、自民党が316議席という圧倒的な存在感を示し、選挙戦を終えた。

私は、正直言うと、政治に対してあまり興味を持てないのだが、今回は新聞やその他メディアの政治情報には関心を寄せていた。

選挙が終わってみて、各党の議席を見た時には、1つのイベントが終わったという一種の燃え尽き感みたいなのがあったり、自民党が圧勝してしまったことによる今後の政治不安を感じたりした。

選挙をきっかけに、政治が少しだけ身近に感じられたと言えるだろう。

私にとっては、そんな選挙だったわけだが、今回、投票という形で政治に参加してみた感想などをまとめていこうと思う。

ちなみに、知識が疎い分、間違った解釈をしているかもしれないので、その点はお許しいただきたく。

 

 

投票へ行った理由:自分の意思表示がしたい

私1人が選挙へ行ったところで、例えば自民党が不利になる、みたいな大きな変化は全くない。

1票は1票なので、影響力なんか全くない。

それでも、投票したのは『意思表示がしたい』という思いからだった。
また、自分の意思が少しでも伝われば良いかな、という思いもあった。

 

各政党の政策なんか全く頭に入っていない。

ただ、私の生活や日本全体が今後、良くしてくれそうな政党はどこなのか、どこの政党に投票したら未来が暗くなるのか、といったことを考え政党選びをやった。

 

「自分ごと」として考えられていたのかもしれない

今振り返ると、

・消費税が2年間0%になる
・社会保険料の引き下げ
・再エネ賦課金や電気自動車への補助金を廃止する

など各党が掲げる公約を「自分ごと」として考えていたのかもしれない。

そのことで、メディアからの情報に対して敏感になれていた。

 

こんな自分になれたのが何故なのか。

それは謎である。学生時代から、政治経済には興味があり、定期テストの点数が一番高かった。
(学年で一桁だったことも。教科担当の先生が野球部の先生だったということもあり頑張ったのかもしれないが笑)

 

家族と政治経済に関して、会話する機会があり、話についていけなかったり、「あれってどういうことなのかな」、「新聞ではどんなふうに描かれているのかな」と会話からアンテナが立ったのかもしれない。

 

 

政治にアンテナが立った後にどう行動していくか

私は、政治に興味を持ったところで、自分の実人生を、そして私の周りの方達の生活をより良くすることができる、そんな風に思っていない。

ただ、興味を持って調べていく中で、家族以外とも会話したり、各政党やメディアの発信に対して自分なりの考えを持てたり、不備・矛盾に気が付けたりするのではないか。

これって1つの「政治への楽しみ方」だと思う。

今後、本などから色々な方の視点を見聞きし、先ずは現状の政治や法律などの仕組みを知ること。
そして、自分はどんな分野に興味があるのかも知る。

そうしたら、より一層深掘りできる気がするのだ。

今は、何も見極められないひよっこなので、1つの情報・1冊の本で理解しようとせず、そして1つの情報・1冊の本を全て読み終えよう、聞き終えようとせず、自分の感覚に従いながら、情報を浴びていきたい。

これは政策に限らず、党と各省庁との繋がり、温暖化問題など身近で起こっている問題とかも知っていきたいものだ。

 

選挙のやり方への疑問

各政党は、自分たちの思いを実現させるために、そして自分たちの生活を成り立たせるために、必死に街頭演説や発信活動を行っていたと思う。

 

2つの党が1つに

選挙戦が始まる頃には、公明党と立憲民主党が1つの政党となり、中道改革連合となった。

これのように1つになったことで、主張が1本化し、1本化することで政権与党へ対抗できるのかもしれない。

ただ、もしそうだとしたら、対抗することが良いことなのか?対抗することが1つの政党になった目的なのか?

本来、選挙というのは「自分たちは〇〇を実現しますので任せてください」と自分たちがやり遂げたいことを発信する場であり、それが目的な気がするので、方向性が間違っていないのかな、と思った。

 

党の中心人物に頼り過ぎではないか?

自民党の立候補は高市総理の力に頼りすぎていないか?

立候補者の力、というよりは高市総理の力で当選できた政治家がいるはず。

各政党、それぞれで戦い方・戦略があると思う。だからこそ、自民党のように高市総理を発信の主軸とするのは決して間違ってはいないと思う。

ただ、高市総理の影響力にあやかりすぎていないか。

選挙活動の時の車や広告には、高市総理の写真、高市総理と候補者のツーショット(?)があったようで、候補者の力よりは高市総理の影響力を利用し過ぎだと思う。

その候補者は、一体何をしたいのか、どんな人なのか、を本人の口で聞いてみたいし、見てみたいものだ。

 

裏金などの問題は考慮されないのか

今回の選挙において、ここ数年以内に裏金問題が発覚したり、宗教団体との関係性を指摘されたりした政治家が出馬し、当選したという話を聞いた。

起こった問題は、何も解決されずに議員として活動ができてしまって良いものなのか。

また、解決していたとしても、また犯しかねないということを考慮し、別の方を立候補させることはしなかったのか。

 

プロ野球なら、選手自身において不倫だったり、パワハラだったりが発覚すれば、球団から解雇されることもあれば、出場停止処分を受けることだってある。

これは、プロ野球に限らず、民間企業でも同じだと思う。

企業のイメージが悪くなり、スポンサーや取引先との関係が悪くなるといった自分たちに悪影響が及ぶので、こういった処分が下るはずだ。

政治家にはこういった処分というか、ペナルティはないのか。

ミスしても再挑戦できるという見方でき、再挑戦できないとなると閉塞感が漂ってしまうので、それを避ける為にも立候補させるのは良いと思うけど、政治家は1つのミスに対する考え方が緩い気がする。
(”ミス”というよりは、姿勢の問題だと思うので、”ミス”とは言えないと思うけど…)

 

最後に:「政治に興味を持って学ぶ」これが一般の人の「政治の楽しみ方」かもしれない

政治に興味を持ち、学びを得ることで、何かが変わるわけでもないと思う。

別に、選挙へ立候補する予定がないなら、それほど興味を持たなくても、自身の人生を生きることは可能なはず。

情報を仕入れ、学んだところで、自分の身を自分で守れる、という何かの結果に直接繋げられるかというとそんなこともないだろう。

 

ただ、政策なり、各省庁と政治家との関係などを知ることで、目の前の情報を線で見れるようになるだろう。

これはこれで「政治に興味を持って学ぶ」ことへの楽しさにつながるかもしれない。

今回の選挙というイベントを通じてそんな風に思った。

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