成果ばかり求める学びがしんどい時に考えたいこと。経験と本からの気づき

いつの日か結果を求める学びに少し違和感を覚えるようになった。

そこで今回は、レジーさんの著書『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』を読んだ学びを私の過去の経験と併せて書いていこうと思う。

私は、「お金を稼ぐ」、「仕事で成果を出す」、「スキルアップする」といったことを意識し続けてきた。

しかし、どこか違和感を感じてきた。そこに対するヒントが書かれていたのが本書だったと感じたのである。

 

ちなみに、私の経験をお話しするにあたって、講座(コミュニティ)での経験を書いているが、私は決してそこを批判したいわけではない。

あくまで自分の中から込み上げてきた違和感であり、その場所には大変お世話になったので、私から何か物申したいと言う思いは毛頭ないので、その点ご理解いただきたく。

 

 

「効率良く学ぶ」「点数を上げる」への違和感

私は、1年6ヶ月くらいとある講座(コミュニティ)へ所属していた。

簿記2級の取得や経理未経験での転職のサポートを希望しており、実際にこの2つを成し遂げることができた。

そして、実際に実務を進めると、私の簿記の理解度が低いことを痛感し、改めて簿記を学びたいと思い、講座の環境を活用し簿記1級の学習を始めた。

講座では、

・理解することが大事
・暗記に頼ってはダメ
・効率良く進めることが大事
・毎週のテストで満点を取ることが大事

といったことをお話しいただいていた。

私がその言葉をそのまま受け取ってしまったために、行動や思考を変えられなかったと今では思っているが、当時は、

・理解するってどういうこと?
・どんな問いを自分に向けたら良いのか?
・効率良く進めるにはどうしたら良いの?
・点数を上げたいんだけど、学習したことが定着しない…

といった疑問を感じており、毎日毎日煽られている感覚だった。

 

試験範囲を考えると「効率良く学ぶ」「理解する」ことは大事だと感じていた

簿記1級は、試験範囲が膨大であり、解き方を覚えたところで、そんなものは翌日には忘れてしまう。

その為、講義で話していたところを理解し、重要ではないところは優先順位を落とすといった無駄を省き、効率良く学ぶことは大事だと感じていた。

ちなみに、この効率とは簡単に言うと、テキストに書かれていることを短い時間で理解することをイメージしている。

 

最終的には、「効率良く学ぶ」、「理解する」ことを意識していたことで、本来自分が目指していた「簿記を学ぶ」ことからかけ離れていった気がしてきたのだ。

 

 

「点数を上げる」=「簿記を学ぶ」ことになるのか?

毎週土曜日にテストが行われていた。

自分が過去に取り組んだことのある問題を解くので、満点になるのが自然な流れだと思う。

しかし、暗記に頼り、理解する学び方が出来ていなかった私は満点を取った試しがない。

そして、その満点が取れなかった理由を毎回考え、次週にはそれを試すもなかなか成果につながらない。
点数が一向に伸びないのだ。

 

そうすると、込み上げてくる疑問が1つだけある。
それが「点数を上げる」=「簿記を学ぶ」ことになるのか、ということだ。

何故なら、点数を取るには極端なことを言うと、解き方を暗記したって良いし、カンニング行為をしたって良くって、点数を取ることが本当に簿記を学ぶことになるのかと思った。

 

ちなみに、点数を取れていたら、こんな疑問は湧いてこないだろう。

むしろ、点数を取れていたら「自分は簿記を理解できてきている」と思えていたはずだ。

 

「簿記を学ぶ」=「仕事に役立てる」だった

私の場合、日頃の生活において「為になること」を選びがちだ。

・プログラミングを勉強して手に職をつける
・手元資金を増やすために、副業でお金を稼ぐ
・簿記を勉強して仕事場の人とコミュニケーションを取れるようにする

 

簿記1級を勉強したのは、簿記の理解を深め、職場の人とコミュニケーションを取れるようにしたり、会話において情報を引き出せるようにしたいと言う思いからだった。

簿記という学問を通じて、何か成果を得られる状態になりたい。

そもそも、学問の勉強を通じて自身の成長、転職などの成果、といった「為になること」を求めるのってどうなんだろうか。

簿記の場合は、資格をとったところで簿記を持っていない人と比較すると、仕事において指導する側は「知識がある人」ということで指導しやすいだろう。

ただ、仕事ができるようになるかというと、それは話が違うと思う。

そして、簿記を勉強することそのものが苦しいものと変化していることを感じたのだ。

 

 

「ファスト教養」からの学び

そもそも、簿記を勉強したのは、

・3級→前職の経理部長から勧められた
・2級→前職の会社役員の方と話し、「学ぶ」ことって大事なんだと感じたから。

という理由からだった。

また、簿記は確か3級を勉強していた頃だったと記憶しているのだが、数字の流れが見えた瞬間があり、面白さを感じた、というのもある。

2級を勉強して以降、転職や経理実務を意識し出し、簿記の面白さを感じた感覚は忘れ、ひたすら「勉強したことを意味ある方向性へ」が強かった気がする。

 

ただ、本書を読み進めてみると、「好き」を軸に取り組んで良いんだと感じた。

私の場合、この「好き」を「興味関心があること」と置き換えてみようと考えている。

「興味関心があること」に取り組むと、その時間は楽しかったり、充実感を得られたりすると思うのだ。

その「興味関心があること」に取り組む中で、より深掘りしたいところがあればそこにリソースを割いていけば良いだろう。

今までは、簿記のように勉強することに対して、

・理解できないところと向き合う=苦しいもの
・生活習慣を変え勉強時間を増やす=大変なこと
・休日に勉強する=辛いこと

といったように感じながらも続けており、一種の修行しているような状態だった。

そもそも、何かを学ぶ行為って知らないことを知った状態になるはずなので、どこか「面白さ」「ワクワク感」といった好奇心を刺激されるところがあると思うのだ。

そのため、「興味関心があることに取り組む」と言う姿勢は、今の私にとって必要な姿勢だと感じている。

 

 

また、勉強は「自分の限界・枠組みを取っ払う行為」だという趣旨のことが書かれており、「資格を取る」ことを目的にした取り組みとは違う勉強の面白さがあると感じた。

何かを学び知識を得られれば、自分自身の見える世界だって変わるので、成果や学んだ先のことを考えてやること以上に、今の私に必要な視点になるだろう。

 

 

 

学問などを「効率良く学ぶ」とはどんなことに対して言うのか。

効率良く学ぶとは、

①費用を抑えることなのか
②学ぶことを1日でも早く身につけることなのか
③早く試験に合格することなのか

と言ったことを想像できる。

①⇨自分にあった教材を選ぶことが必要(書店で実物を見ることや口コミで選ぶ)
②⇨学習方法をテキストを読む、動画視聴する、と言った「進め方」をどうするか
③⇨生活習慣の改善(起床時間を早める、隙間時間を活用する)

無駄なく学ぶことはこう言ったように可能ではある。

 

しかし、無駄がダメなのかというとそんなことはないと思う。

無駄という名の失敗(?)があるからこそ、自分は何を求めているのか、自分への適性、がわかったりする。

「効率の良さ」を求めると、こう言ったことがわからなくなるし「無駄」を経験できなくなると思う。

そうすると、人生の中における自分の感性を養えなくなり、結果的に他人やAIの指示に従うだけになってしまう気がする。

 

 

「成長・成果」を求める自分。「成長・成果」を求める組織

私自身、これまで勉強や副業を通じ「成長・成果」を求めてきた。

また、仕事でも1日でも早く成長し、成果を出さねば、と考えていた。

そのためなのか、「成長したい」と思うと、色々と吸収しようとする分、頭が処理しきれていなかった。
情報を浴びることで手一杯だった。
また、先輩のようにならないといけない、と思っていたので残業だって率先したやっていた。
しかも、帰宅後、こっそりとサービス残業だってやっていた。

そもそも、私は、「なぜ」成長したいのか、わからない。ここは、これからも問い続けなければいけないだろう。

後ろから何かに追われている感覚だ。成長しないといけない、成長しないといけない、と誰かに声をかけられているのかもしれない。

 

「成長・成果」とは自然と手に入るものではないか。

成長することは、周りと自分の評価を得るけど、成長の仕方って色々とあると思う。

それは、楽しむことだったり、早くすることだったり、人に伝えられることだったり。

それらを求めれば、結果的に「成長」は手に入ると思う。

だから、「成長」を求めるのではなく、自分の感性にあった何かを求めればそれで十分だと思う。

また、「成長」というのは、昨日の自分より少しでも良くなればそれは「成長」と言えると思うので、「成長」を求めなくても、人は成長しているはず。

あとは、それを自覚することでは?

また、普段の日常がマンネリしているなら、「これやろっかな」と思ったことをやって自分に刺激を与えれば、それで視界が変わったりするので「成長」と言えると思うのだ。

 

成長していけば、自ずと成果は得られるはずだ。

 

「成長・成果」を求める組織での立ち振る舞い

本書から読み取れたら良かったのだが、私は読み取れず。

今の自分に適切な対応方法がわからないでいる。

 

今の会社の経理部での話になるが、上司や先輩から「成長・成果」を求められる気がしている。
(私の思い込みかもしれないが。)

・同じことを質問するのは3回まで
・一度教えたことは理解できるし、手を動かせる
・先輩が1人でできていたのだから、私も1人でできるようになるべきだ

 

甘えだということは重々承知の上で、私が感じていることを書いてみようと思う。

そもそも、業界・業種未経験の私に対する求めるレベルは高過ぎないか?
新卒で入社し、業界や自社のビジネスへ理解があり、かつそれまでの仕事で私が引き継いだ仕事と似たようなことをやっている先輩と同じ視点で私を見るのは違くないか?

 

社会人であり、中途採用なので、そんなにじっくりと経験を積ませる余裕がないのはわかる。
目先の利益を求めたり、求められたりするのはわかるけど、現実問題、それで疲弊するし、「何故やっているのか」わからなくなる。

現状を打破しようと、もがいても、求めることができない。

 

自分の置かれた場所に応じて必要な情報収集を適宜行えば良いのかもしれない。

しかし、どんな情報を取りに行けば私の悩みは解決するのかわからない。

これは、上司や先輩との関係構築の仕方なのか、私自身の物事の考え方なのか…。

 

最後に:身に起こることは偶然。無駄なことに取り組んでみる。

ビジネス書やSNSなどで成功事例だったり、「効率良く成果を挙げる」といった方法論だったりが紹介されていると思う。

私は、こういったのは気になってしまうし、「成果を上げたい」と思って漁るように見聞きしてしまう。

しかし、「ファスト教養」を読んで私たちの身近で起こることって

・簿記1級を取ったから経理実務ができるようになる/年収が上がる
・理解重視で勉強したから簿記1級を取れる
・毎月20記事書いたから、月30万円の収入を得られた

といった論理的に説明できるようなことではないと思った。

なので、上記の表現を変えてみると、こうなると思う。

・簿記1級を取った上に、経理実務もできる/年収も上がった。
・理解重視で勉強した上に本試験では点数が良かった。
・毎月20記事書いた上に、月30万円の収入を得られている。

資格を取ったところで、仕事ができるかわからないし、理解重視で問題を解いても、本試験で良い点数が取れるかはわからない。

そうなると、仕事ができるようになったり、試験で良い点数を取ったり、副業で稼げたりするといった身に起こることって「偶然」だと言えるのではないか。

そして、身に起こることが「偶然」であれば、

・簿記2級に合格しているのに、簿記3級から勉強し直してみる
・気になっているお店へ行ってみる
・思い切って休んでみる

など成長・成果を求める人からすると無駄に思えることに取り組んでみることって良いのではないか。

これが何につながるかわからないけど、自分の感性に従って選択・判断してみると、自分の想像しないことが目の前に現れる気がする。

そして、学びは結果だけじゃなく、自分のペースで深めていくものだと改めて感じた。

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