たま~に自分自身のこれまでの人生を振り返ることがある。
そうすると、今まで自分の正しさや理想に縛られ苦しんでいたと感じる。
私にはどんな考え方が大事なのか。恐らく、”自分の感性に従うこと”が私に適しているのかもしれない。
自分の正しさや理想を追い求め、自分自身が疲弊してしまっていると感じる方に向けて今回の記事が少しでも自身の考え方や特徴を顧みるきっかけになれば幸いだ。
Contents
自分の正しさに窮屈さを感じる
理屈で考えた方が良いのは理解できても、共感ができない。
思考の幅が無くなっていく、そうしなきゃいけないという義務感に駆られるからだ。
私は、朝にトレーニングをやる時など目標としている起床時間が4時45分になる。
(これが自分が生んだ理屈だとしよう。)
しかし、最近は5:00以降になり、6:00頃になることもある。
朝にトレーニングをやる時は、こういった場合、
・起床が遅くなったのを帳消しにしようと起床後直ぐに家を出る
・フィットネス系2種目をやろうとメニューの順番を変える
といった行動を取りたくなる。
何故なら、いつものルーティンを崩したくない、崩すと自分に負けた気がして、悔しさが出てくるのだ。
ただ、そうすると、自分の心を蔑ろにしている感覚を覚える。
ミスしたことを隠そう、ミスした自分を否定する、みたいに受け取ってしまうのだ。
自分の感性にあった選択を取る
自分の理想通りに物事が進んでいなくても、いつもの流れで動く。
朝食後に新聞を読んでいるが、これを朝食を食べたら直ぐに家を出るのようにするといった具合で、省くところは省けば良いだろう。
自分がイメージしてそれ通りに動こうとするよりは、自分の感性が選ぶことをやってみる。
自分の脳みそでイメージしていることを表現できるか、よりは、自分の感性を表現できるか否か。
それが自分自身から窮屈さを取り除く、寄せ付けない考え方になるのではないか。
プロ野球選手は、自分の思い描いた動きをやれるよう練習するが、私の場合は自分の感性が描くことを行動に移すのが良い気がする。
感性と言えるけど、無意識とも言えるかもしれない。
意識する、意志の力に頼る、ことは苦しさを生むことへ
私は、簿記1級を勉強していた頃、
・理解することを意識してテキストを読む
・朝3時過ぎに起床するために、前日の夜は21時までに就寝することを意識する
といった「意識する」を口に出し、頭の中に思い浮かべていた。
また、仕事において、
・人相談するか否か
・相手に伝わりやすい文章になっているのか
のように意志の力で何とかしようとしていたこともあった。
しかし、この2つは、我慢、辛抱につながるのではないか。
そして、この2つが強くなると、我慢すること、辛抱することが、目的になってしまい、勉強を理解することなど本来、自分が成し遂げたいことが成し遂げられなくなる気がする。
無意識にやれる状態にする、感性に従ってやる、にはどうしたら良いの?
恐らく、「興味関心があること」をやることなのかもしれない。
そして、その興味関心の種を育てていくことが必要なのではないか。
興味関心を持ったことに取り組み、より深めたいならリソースを費やすし、自分に向いていない、つまらないと思えば、その時点で手放せば良い。
これって物事を継続させるポイントな気もする。
野球をやっていた頃の話
野球やっていた頃は、今振り返ると、レギュラーを取りたいとか無く、「野球が上手くなりたい」の一心だった。
もちろん、試合に向けてケースを意識したバッティングはやっていたし、バスターやバントといった小技もやっていた。
当時、「野球が上手くなりたい」を否定して試合に出ないといけない、試合に向けた練習をしないといけない、チームに貢献しないといけないと思っていた。
いつしか「野球が上手くなりたい」を忘れ、
・試合でチームの勝利に貢献すること
・キャプテンをやっていた頃は、「チームの見本にならないと」、「気持ちを強くしないと」
といった周りの目を意識した自分の正しさで取り組んでいた。
そうすると、決して「野球を上手くなりたい」という思いが無く、自分の技術を伸ばすということ以外を成し遂げようとしていた気がする。
しかし、自宅での素振りや壁当てをやる時は、純粋に「野球を上手くなりたい」を軸にしていたので、無心に体を動かせていた。
自分の感性とは異なり、自分の正しさを優先すると、自分が求めていることを手に入れられなくなるのかもしれない。
最後に:自分の本音・感性を大事にする
誰かに教えを受けたり、アイデアを求めたりすると、「それをやらないといけない」と思ってしまうことがある。
また、自分がイメージした通りに物事が進まない・結果が出ないと、自分のイメージを現実化させることが目的になってしまうこともある。
そういった時は、「本音は○○だけど、××をやらないといけないよな」と本音を隠そうとしてしまう。
長い目で見たときに、結果的に何が良く、何が悪いのか、自分には何が適しているのか、なんか自分の想像外のことになる気がしている。
だからこそ、自分の本音・感性を大事にすることで、自分ごととして真剣に物事を考え、取り組める気がする。
