私は、定期的に運動・筋トレをやっているわけだが、筋肉を大きくすることだったり、重い重量を挙げられるようにすることだったりに興味が湧かない。
そうなると、自分はどんな風に取り組めば良いのか。
そんなことを考えたので、アウトプットしていこうと思う。
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低重量を数を多くやるvs MAXの重量を10回やる。体への効果の違い
私は、これまで最大拳上重量を10回前後挙げられるか否か、で重さを設定してきた。
そのことで、重いのを持ち上げることへの達成感があれば、「これを上げなければいけない」、「次回もこの重量を挙げないといけない」と言うプレッシャーだったり、不快感もあったりした。
しかも、あんまり重量を挙げられるように筋トレを追求するつもりはないんだな、と振り返って思った。
そこで、ベンチプレスにおいて、例えば最大拳上は30kgの場合、10kgを1セット20回を3セットやるのと30kgを1セット10回を3セットやるのとではどのような違いがあるのか。
調べてみたところ、下記のことがわかった。
| 重量 | 回数 | 主な効果 | 体感 |
|---|---|---|---|
| 10kg × 20回 × 3セット | 高回数 | 筋持久力・パンプ・血流改善 | スッキリ・汗が出る・軽い疲労感 |
| 30kg × 10回 × 3セット | 中重量 | 筋力向上・筋肥大 | 重さの達成感・神経系の刺激 |
【10kg×20回】
・心拍数が上がる
・血流が良くなる
・“スッキリ感”が強い
・フォームに集中しやすい
・体への負担が少ない
【30kg×10回】
・神経系の刺激が強い
・重さの達成感がある
・フォームが乱れやすい
・集中力が必要
筋トレ=体を大きくする、という思い込み
今までは、多少なりとも「何kg挙げたか」、「筋肉を大きくしないと」みたいな重さに着目していた。
筋トレってそういうものだと思っていた。
野球をやっていた頃、力を強くするには素振りや投げ込みだけでなく、ベンチプレスやスクワット、などの筋トレをやっていた。
ただ、これは力を強くしたことで、
・打球を遠くへ飛ばしたい
・速い球を投げられるようになりたい
といった「自分がこうなりたい」という像があるからできたことだし、そういう像があるならやるべきなのかもしれない。
しかし、今の自分は筋トレを通じて追いかける像といえば、心身の健康、体を疲れさせることによる睡眠の質の向上、といったところになる。
どうしても、体型や重量といったところに意識を向けると、疲れてしまう。
自分が求めているのは”感覚”を大事にできるトレーニング
筋トレをしていると、体に負荷をかけて、各種目で適宜、疲労感を感じて汗をかければそれで十分な気がしている。
それでスッキリしたと思える。
筋トレに集中できている時は、フォームや負荷のかかり具合を気に掛けられている時になる。
だからこそ、”感覚”に着目したトレーニングを続ける必要があるのではないか。
「重さ」から「感覚」へ意識を移す方法
🟩 ① “重さ”ではなく“動きの質”に目標を置く
例
・胸に効いているか
・肩がすくんでいないか
・体幹が安定しているか
・可動域が取れているか
・1回1回の動作が丁寧か
→ フォームに集中すると、重さへの執着が自然に薄れる。
🟩 ② 「テンポ」を使う
重さを追わずに刺激を強くできる。
例
・下ろすのに3秒
・底で1秒止める
・上げるのに2秒
→ 軽い重量でも“効く”ので、重さへのこだわりが減る。
🟩 ③ “効いている部位”に意識を向ける(マインドマッスルコネクション)
・胸が伸びている
・肩甲骨が動いている
・お尻が締まっている
・ハムが伸びている
→ 感覚に集中すると、重さの数字がどうでもよくなる。
🟩 ④ 「今日はどんな刺激を入れたいか」でメニューを決める
例
・胸を伸ばしたい
・背中を使いたい
・お尻を感じたい
・汗をかきたい
→ 目的が“重さ”から“感覚”に変わる。
🟩 ⑤ “重さの記録”をやめてみる
・フォームの質
・可動域
・刺激の入り方
・スッキリ感
・集中度
を記録する。
→ 数字から解放される。
筋トレを健康のためにやっているのか?
筋トレをやる目的は、当初、色々とあるけど「健康のため」が一番の目的だと思っていた。
しかし、感覚を大事にしたいという自分のスタイルと、目的が「健康のため」というのが一致しない気がする。
筋トレをやり出したのは、主治医から睡眠の質を高めるためにも運動療法をやった方が良いということからだった。
これに納得する形で、今は継続して取り組んでいるが、他にも休職前にやれていなかったので、健康のためにやった方が良いと思い継続させているというのもある。
これらは、「外側から与えられた理由」になるだろう。
実際に継続していくと、汗をかくことで、すっきりした気持ちになるし、筋肉に力を入れることで、それが心地よかったりする。
これは、「内側の理由」として、ストレス発散しているということになり、私にとって筋トレを継続して取り組む理由は、ストレス発散になるのではないか。
ただ、今まで私にとっての筋トレや運動とは、野球を通じて体力の向上が主だった為、直感的に運動や筋トレをストレス発散の手段として受け止めたく無いという気持ちがある。
ストレス発散の側面はあるけれど、それだけではない。
私の場合、運動・筋トレというのは
・ストレス発散
・集中する
・体の感覚を取り戻す時間
・自分に戻る時間
・生活のリズムを整える行為
といった複数の役割を担っている。
私にとっての運動・筋トレとは“心のメンテナンス”
運動・筋トレには、内側の調律(整える・戻る・軽くなる)が中心になることがあるのではないか。
そして、私にとっての運動・筋トレはまさにこれだと思う。
自分の心をメンテナンスするために取り組んでいると言えるかもしれない。
最後に:私にとって運動・筋トレとは”心のメンテナンス”の1つになる
私にとって運動・筋トレとは、取り組んでいる時に得られる感覚だったり、刺激、フォームなど「力をつけること」、「重い重量を挙げること」とは違ったところに着目して取り組んでいる。
もしかすと、これが私が継続する上で大事にしたいポイントなのかもしれない。
今回の振り返りを通じて、自分が大事にして行きたいことが見えたので、とても貴重な時間だった。
