勉強がつらい学生へ。大人になった私が伝えたい学校の使い方。

自分自身も勉強をやりたいと思ったり、仕事での人間関係に悩んだりしたときに、「自分も学生時代に勉強をやっておけばよかったな」、「今悩んでいるのって昔から変わらないな」と思うことがある。

そこで今の私から見た『学校の活用方法』についてかんがえてみたいと思う。

 

①面倒なことだからこそ楽しみ方を知っておいた方が良い

学生時代と言えば、勉強を真っ先に思い浮かべた。

勉強は、全く興味なかったし、「何でこんなことをやっているの?」と思う時があった。

しかし、今となっては「学校の勉強」に対して真剣に取り組めばよかったと思っている。

 

学生時代の勉強は、「やらなければいけないこと」といった義務感が強いと思う。

社会人で言うところの仕事と同じ位置づけになると考えている。

そんな義務感があるからこそ、「自分にとっての楽しみ方」、「自分にとって無理なく続けられる方法」を見つけたほうが良いと思うし、逃げられないからこそ見つけるきっかけになると思うのだ。
(世間が言う正解は自分にとってあくまで参考情報でしかない。)

<楽しみ方の例>
・学びを身に着けたり、期日までの結果の出し方
⇒日々の復習においての優先順位のつけ方がポイントになるかな。
学んだことを身に着け、テストで点数を取れると、勉強は楽しくなると思う。

・知らないこと、知らなきゃいけないことを理解する考え方(覚えるではない)
⇒授業の受け方、分からないなら先生や友達への頼り方など。
理解できたら勉強は苦にはならなくなるし、学校で学んだこと以外にも興味を持って学べると思う。

・苦手な教科との向き合い方(逃げるのではなく、どうやって前向きに学べるかを知る)
⇒英語を覚えるにはどうしたら良いか、数学が理解できないならどうしたら理解できるのか。
苦手な教科が「苦手ではなくなる」と勉強は継続できると思う。

・ゲーム感覚で取り組んでみる
⇒時間設定し、その中で終わらせる。終わったらゲームをするなど。

 

学生を卒業しても「勉強」から逃げることはできない

学生を卒業すると、ほとんどの人が社会人として働くことになる。

そうなると、業界用語、ビジネスマナー、専門知識を学ばざるを得なくなる。

そして、自分がそれまでの人生を通じて知らなかった世界を知り、商品を売ったり、商品を作ったり、会社のお金を管理したり、従業員を管理したりすることになり、そうなると自身で学び、会社や顧客へ価値提供することになる。

その際には、周囲の方達とのコミュニケーションが必要になるケースがほとんどだ。

ここで勉強して知識を得たり、スキルを身に着けたりすれば周囲の方たちとコミュニケーションは取りやすくなり、仕事がはかどる。

また、コミュニケーションが取れるようになるだけでなく、仕事への理解だって進み、面白さを知れたり、「勉強したからこそ自分の向き不向き」がわかってきたりする。

自分の気が進まなかったり、勉強そのものができない、といった状況でもいづれはせざるを得なくなる。

だからこそ、学生時代から「自分にとっての勉強の楽しみ方」、「自分なりの無理なく続けられる方法」を知っておくとよい。

 

 

コスパ・タイパが悪くても探し続ける

「効率の良いやり方」を求めがちだけど、自分が疑問を持ったことや直したいと思ったことに対して、仮説(こうやったらうまくいくんじゃね、このやり方をやってみたい)を立て、検証しフィードバックすれば先々の財産になる。

直ぐに結果は出ないと思うし、毎日、そんなことを考えながらやらなくても良いと思う。

しかし、実践の中で自分ならではのデータを集め続けられた時には、自分のことを知れるし、大事な人の力にだってなるので、決して無駄なことではないと思う。

 

「勉強そのもの」以外に学べること

数学や現代文、英語といった勉強そのもの以外にも勉強から学べることはある。

・健康管理の仕方を学べる
⇒毎日が忙しい中でも、自分自身のコンディションを良い状態にしたいはず。
忙しい日々において、どうやって健康を保つのかを学べる。

・優先順位の立て方を学べる
⇒ゲームをやったり、YouTubeを観たりなど趣味ややりたいことだってあるだろう。
そして、毎日、毎時間授業があり、時間が限られている中で「今日は何をやるか」を考えるきっかけに。

・時間管理を学べる
⇒限られた時間内で「何をどのくらいやれば良いか」という時間管理を学べる。

 

いったん思いついたのが上記になる。

どれも学生を卒業した後に役立つ経験になる。

 

【経験談】私の学生時代

小学校と中学校の時は、学習塾に通わせてもらっていたが、学習塾の宿題はちゃんとやった記憶が無い。

ポケモンゲームや友達との遊びを優先しており、家族から勉強をやるように言われても「あとでやる」と先延ばしにし、結局やっていないはず。

私は、野球をやっており特に、中学校時代はクラブチームへ所属しており、平日に夜間練習が有ったり、休日は1日練習だったりした。

学校では、なかなか理解できなかったので、板書をルーズリーフへ書き、自宅で清書していたこともあった。

結局は、「目の前のタスクをこなすだけ」になっており、今でもそのやり方を拭えないでいる。

 

また、高校時代は野球部に所属しており、学生生活とは言え勉強は二の次、一番は部活だったので、寝ないように頑張っていたり、授業中には授業とは全く関係のないことを頭の中に描いており、授業をまともに聞いたのは高1~高3の現代文、高1の日本史、高2の世界史、高3の政治経済くらいかな(笑)
(これらは野球部の先生が担当だったので必死だった(笑))

定期テストなんか1週間前に詰め込みで頭の中に入れていた。

 

その為、今では「勉強の楽しさ」「勉強の理解」といったことが全く分からない。
(どうしたら楽しめるのか、理解できていないところがどこなのかわからない、といったことを勉強するたびに思い浮かべている…)

 

時間が無いからできないのではなく、5分でも、1問だけでもやればよかったな、と今では思う日々である。

 

②人との関わり方

学校なら部活動の先輩、後輩、先生などと関わる機会があるだろう。

苦手だったり、嫌いだったり、そういった感情があるなら関わらないという手がある。

それはそれで良いと思う。

ただ、最初は「どうやったら関係を築けるか」を考え、それを行動に移してみると人のことを知れ、意外と関われたりする。

また、友達だったり、先生だったりに「困ったときには”素直に”頼る」ことを試せる場が学校にはあると思う。

 

私は、基本的に自分で抱えてしまい、狭い考えで物事を判断してしまうところがある。

これは、学生時代もそうだった。

自分で考えることは大事なことだけど、特に精神的に追い込まれているとき、勉強の内容で全くわからないとき、というのは間違えた言い方をしても良いから、とにかく声をかけられるようになっておいた方が良い。

 

生成AIではなく生身の人の方が良いこともある

今の時代は、AI技術が発達し、困ったことはAIに相談すれば解決できることもあるだろう。

それに、AIの方が詳しいし、AIの感情なんか考えずに本音を打ち明けられるので、生身の人より頼れることもある。

しかし、生身の人と会話する方が温かみだったり、「自分のことを見てくれている」という安心感を得られたりする場合もある。

何か見えることで変化を感じられるわけではないので、イメージしにくいが生身の人には非言語情報が備わっており、それに触れられるからこそ自分のメンタルが落ち着いたりするはずだ。

 

できないなら人に頼るしかない

国語ができない、英語ができない、といったことってあり、それをそのままにしておくという手段もある。

それはそれで良いけど、もし心のどこかで「解決したい」と思うなら頼った方が良い。

普段の自分を観てくれている友達や先生に思い切って相談することで、意外と的を射た回答をしてくれるだろう。

しかも、友達なんか自分と同じように時間が無かったりするだろうから、何かしら工夫しているはず。

それを聞けること、そして試せる機会があるなら、使わない手はないはず。

 

【経験談】人に頼ることができなかった

勉強においてわからないことを聞くことなんか「勉強ができない自分はダサい」と思ってしまっており、それをさらけ出すことができなかった。

「できない自分」をさらけ出すことは恥ずかしいし、プライドが傷つくので極力見せないようにしていた。

また、相手に頼ること自体が申し訳なく感じた。

 

勉強だけでなく野球でも同じ。

中学2年生の夏頃からは、キャプテンをやらせていただきながらも、「チームをまとめること」を自分の責任だと背負っており、もう1人のキャプテンや副キャプテンに相談ができずにいた。

高校時代は、マネージャーをやっており、2年生になった頃には後輩ができたわけだが、その後輩へ助けを求められず1人で何かを背負い込んでいた。自分1人でやらないといけないと思い込んでいた。

今思えば、人に頼る=できない自分、人に頼る=自分の成長機会が無くなる、と思っていたけど、できないなら頼ればよくって、それで問題なく進められればいいのだ。

別に「できない自分」は、周りはどうも思っていない。それよりも、遠征の時に必要なものが揃っている、自分が居なくても組織が回っている、そういったことが評価されると思う。

 

話は逸れたが、社会人として仕事をするときも特に、自分がメンタル的に追い詰められているときに人へ頼れず、「自分はもうここにはいられない」と思い込んでしまうことがあった。

結果的に人へ相談できたこともあったけど、その相談することにも躊躇していた。

これは、昔から人に頼ることができなかったからだと思う。

 

最後に:学校は面倒くさいことだらけだけど

そもそもやりたくない勉強をやらないといけない、登校するのに時間がかかるから疲れるしダルイ。

そんな風に学校に対して思うかもしれないが、別に悪いものではない。

友達だっているし、先生だっている。勉強なんか放棄したいけど、できるようになれば意外とうれしかったりもする。

学校に対して面倒くさい場所だと思い過ぎず、1つでも良いところを見つけられたらそれが自信の財産になると思う。

なので、学校に行けていること自体に感謝し、可能な限り学校という環境を活用してほしいと思う。

 

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