人生を生きるとは楽しみを味わうことなのかもしれない。

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私の最近のトレンドネタと言えば「生きる意味とは?」ということ。

人生論っていうものですかね。

目的や目標を持って、その手段として今を頑張っている人を見聞きした時、どうしても今の私にはそんな事はないと思ってしまいます。

その結果、「生きる意味って何?」となるわけです。

今回は、「あやうく一生懸命生きるところだった」を2章まで読み終えたので記事にしていこうと思います。

 

先を見ても何をすれば良いのかがわからない

将来について、自分がどうなりたいのか?、どんなことをしていたいのか?、と言った生きる目的・目標を持っている人はいる事でしょう。

私も実際にそのような方達と偶然にもマッチングアプリで出会えました!

 

 

このような方達は、

・将来自分がどんな風に、どんな生活を送りたいのか?
・将来どうなりたいのか?
・どのくらい稼ぎたいのか?

といったゴールをイメージでき、そこに向かって稼ぐ力など必要なことを積み重ねているわけです。

お話しすると、物凄くワクワクして話しているのが伝わります。

 

ただ、私はそのような方達のように将来について、具体的に思い描けないわけです。

経験や知識が乏しいというのが一つの欠点ではあります。

しかし、わかっていても動き出せない、わかっていてもそこに向かって何かをしようとできない。

自分のことであるものの、他人事のように受け止めてしまう。

それが今の私で、もしかすると私だけではないかもしれません。

 

自分の心に手を当て選択する

先々のことについて、あまり思い描けない方はどうすれば良いのでしょうか?

私は、「あやうく一生懸命生きるところだった」を読んでみて以下の点を考えるようになりました。

・自分がコントロールできるところに目を向ける。
・人生は自分の思い通りに進まない。
・先を見過ぎない。
・無駄と思うことを楽しむ。
・やって後悔する。

私たちは、いつでもネットへ接続できる状態にいるので調べて少しでも早く成果を追い求めると思います。
(探していることへの答えらしき答えに辿り着くのは思いのほか簡単です。)

これが悪いと思いません。

しかし、例えば飲食店なら口コミを調べてそのお店の良し悪しを知った上で選択することがあると思いますが、それをせずに直感や興味で行ってみると、

・そのお店の雰囲気や味が自分に合う。
・店主が優しく話しやすい。

など自分ならではの視点で物事を判断することができます。

このように、ショートカットを敢えてしない事で、その場を楽しむことができるのです。

無計画だと無駄に思うようなことが多々あるかもしれませんが、自分の心の意見に沿って選択すると何気ない日常に楽しみを見出せるのです。

 

見返りを求めてしまうときは…。

ただ、そうは言ってもやるからには自分が望む成果を出したいですよね。

ですが、先ほども書いたように私たちの人生は思い通りには進まないのです。

いくら計画的に実行していても、どこかでつまずいてしまうでしょうし、どこかで他の他の手段が良いと判断して進路変更をすることもあるでしょう。

それに、その計画が正解かもわからないし、自分にあっているかもわからない。

それが人生というものであります。

 

ならばどのように目の前の結果を見れば良いのでしょうか?

それは、その結果を受け入れたり、感謝することであり、これだと目の前の結果に振り回されずに穏やかにいられるようです。

これが、幸運を巡らせる立ち回りのようで、目の前で起きたことに一喜一憂していては、心身が消耗して苦しくなるだけですから。

 

 

最後に:先々はどうなるかわからないからこそ…。

人生どう運ぶかわからないから、自分の心に従って選択すれば良いのではないか?

という問いを投げられている気がしました。

特に、目の前の結果や周囲との比較などによって自分自身が劣っていると思うことだってあるでしょう。

しかし、それって人生トータルで見た時にそれほど大した事ではない。

そこで、他のことにチャレンジしてみたり、もう一度同じことをやってみたりと自分の心に手を当て、何かに縛られることなく行動し続ける限りいつかは光が見えてくるのです。

 

まだ2章しか読んでいませんがそんなメッセージを感じました。

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